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           『もみの木』  



もみの木、もみの木、いつでもみどり

もみの木、もみの木、いつでもみどり

あつい夏の日も、さむい冬の日も

もみの木、もみの木、いつでもみどり



    


「ほぉ、今年もこの季節がやってきたか・・・」

ジャルジェ将軍は屋敷の玄関ホールに飾られた大きなもみの木を見て感嘆
の声をあげた。

「あ、父上、おはようございます」
「旦那さま、おはようございます」
「おお、おまえたち、今から出仕か?」

将軍は階上を見上げながらふたりに言葉をかけた。

「はい、父上、お久しぶりでございます」
大階段をアンドレと共に下りながらオスカルは言葉を返した。

「今週は、昼勤務か?」
「さようでございます」
「うむ、一緒に住んでいながら滅多に顔を合わすことがないのも不思議だな」

そこへ衣擦れの音。
「あらあら、朝から賑やかだこと」
「母上、おはようございます」
「おはよう。オスカル、アンドレ。ふふ。そうしてもみの木の前に立っていると昔
を思い出すわ。ちょうどここから見下ろすと、あなた達、背丈が子どものようで
すよ?」

「では、その子どもの我がままだと思って願いを聞いてもらえますか?」

「まあ、なんでしょう。オスカル、あなたから頼みごとだなんて珍しいで
すね」

夫人は、愉快そうに答える。

「もみの木の飾り付けをやらせてほしいのです」
「そういえば、あなたは、した事がなかったかしら?」
「はい、母上。いつも姉上たちがしておりましたし、姉上がたが嫁がれた後は、
わたしはすでに王宮に伺侯しておりましたのでずっと縁がございませんでした」

「そう、そうでしたね。オスカル」
夫人の脳裏には、子ども時代のオスカルが寒い北風のなかで、体を鍛えるため
にと訓練にあけくれていた姿が浮かんだ。


窓ガラスのこちら側は、暖かい暖炉がある部屋なのに、あちら側は北風の渦巻く
なか、薄着で剣を振り回す我が娘。どうして同じ姉妹に生まれながら教育方針が
違うと言うだけであの子だけ、辛い思いをしなければならないのか?しかし、男児
を生めなかった自分には、何も言えない。
夫の突拍子もない発想に黙したときから、オスカルが平凡な道を行く事は途絶え
てしまった。


「しかしオスカル、仕事があるだろう?そんな作業などばあやに任せておけば良い」
オスカルの心情などわかるはずもない、父の『男の思考』。それにさりげなく助け船
を出したのは、アンドレだった。

「俺も手伝いますから、旦那さま、お願いします」
「おまえまで、子どもみたいな事を言うのか?アンドレ」
「まあまあ、良いではありませんか。あなた。誰がしたって同じことですもの。それと
も、あなたも仲間に入りますか?」

「わしは遠慮しておく。高い所は苦手だ。おまえ達でやれ。ただし、軍務に支障のな
い程度にな?」

「ありがとうございます、父上。毎日少しずつやります」
「少しずつとな?それはいい。日に日に豪華に飾り付けられていくのを楽しみにして
おるぞ」



    


司令官室。
「隊長、夕食をお持ちしました」
「おお、もうそんな時間か?今日の当番はおまえか?フランソワ」
「はいぃ」
自他共に認めるオスカル親衛隊のひとり、フランソワは彼女に声をかけられ嬉しそう
である。

「おまえの弟は元気か?また靴のサイズがあわなくなる頃ではないか?」
「いえ、先日頂いた、隊長の子ども時代のがまだ余裕があります。大丈夫です」
「そうか。そろそろ寒くなってきたが、上着は足りているか?また、わたしので良けれ
ば探してみようか?」

「そんな、立派なの着せたら母ちゃんが弟を外で遊ばせなくなりますよ。『勿体無い』っ
て言って」

口を尖らせてのフランソワの物言いをオスカルは優しく見つめた。

「隊長、俺の顔になにかついていますか?」
「あ、いや。わたしにも弟がいたら・・と思ってしまった。弟だったら、おまえみたいにそば 
かすで感情表現が豊かなヤツがいいな。見ていて飽きない」

「飽きないとはショックです」
「ふふふ・・」
「隊長?今日はご機嫌が良いですね?何かいい事がありましたか?」
「んふふ、ナイショ」
「は?」


    


「おかえりなさいませ。お嬢さま、今日はお早いお帰りで」
「うん。すぐ着替える。ば・あ・や。もみの木の飾り、出しといてくれた?」
「あらあら、お嬢さまったら小さいお子みたいに」
「ふふふ」

「お夕飯はどうされます?」
「済ませてきた」

  も〜みの木、も〜みの木、いつでもみど〜り

  も〜みの木、も〜みの木、いつでもみど〜り

  あついなぁ〜つの日も、さむいふぅ〜ゆの日も

  も〜みの木、も〜みの木、いつでもみど〜り

オスカルの歌声が流れる。
「おまえ、そんなに嬉しいのか?」
「うん、だって子どもの頃、させてもらえなかったから」
「こんなメンドクサイ作業が?」
「うん」

「ふふ。何から飾ろうかな。上から行こうか?アンドレ」
「うん、じゃ、台を寄せないと駄目だな。てっぺんから行くか?」
「そうだな。わたしが上るからアンドレ、しっかり台持ってろよ」
「はいはい」
「バランスを崩して落ちたらおまえのせいだぞ?」
「なんで、いつも俺のせいにするんだ?」
「いつも、わたしのやる事に口出しするじゃないか?まるで、保護者のように。保護者って
のは責任があるもんだ」

鼻歌まじりに言うオスカルにアンドレは
「でも、この場合の保護者って、おまえ、意味わかってるのか?」
「え?」
「つまり成人女性の保護者って言ったら、配偶者の事なの」
「あ・・・・・・」
オスカルの顔が上気し、ピンク色にそまる。

「ごめん、悪かった」
「いや、謝られるのも寂しい気が・・・・・」
「アンドレ、なにを口の中で言っている。ほら、星飾りを貸してっ!」

照れ隠しにわざと大声を出すオスカル。

「はい。星飾り」
アンドレから手渡された時に手が触れた。
「あっ!」
星飾りを落としそうになったオスカルは落とすまいとしてバランスを崩してしまった。

「危ない!」
星飾りが床に落ちるのと、アンドレがオスカルを抱きとめるのは同時だった。

「あ、メルシー、アンドレ。助かった」
「ふう、ナイスキャッチ!しかし、上から落ちてくると結構重い・・・」
「すまない」
オスカルはアンドレの膝の上ですまなそうな表情を見せた。

「本当に格好悪い。なんのために毎日体を鍛えているのだろう・・・」
アンドレは、そんな彼女を膝に抱きながら
「格好悪くてもみっとも無くても、オスカルはオスカルだよ」
と言い切った。
「アンドレ・・・。皆がわたしを何でもこなせるように言うのに、おまえはいつもわたしの
本質を見てくれるのだな」

「本性を知ってるからな?」
アンドレが愉快そうに答える。

「さて、お嬢さま、そろそろ俺の膝からどいてくれませんか?」
「え?」
「そろそろ、タイムリミットが迫っています。俺も男ですから」
サラリと言うアンドレが気の毒でオスカルは返答に窮した。彼にこう言わせているのは
自分だ。あの告白以来、彼とは付かず離れずの付き合いをしてきた。そのどっちつか
ずの態度がどれほど彼の心をズタズタにしているか、考えないわけではなかった。自
分もいつの間にかアンドレを・・・・。しかし、その第一歩をどうやって踏み出したら良い
のかを考えているうちに時間だけがどんどん過ぎていってしまう。


アンドレは、膝の上から彼女をどかそうと腕に力を入れた。
オスカルは、どかされまいと彼の首にしがみついた。
「何だ?子どもみたいに」

「アンドレ、もみの木は一年中みどりの葉を落とす事が無い」
「それがどうした?」
「・・・・・まるでおまえみたいだ。」
オスカルの思いがけない言葉にアンドレは彼女をどかそうとする行為を止めた。

「急にどうした?」

オスカルは腕を解き、下を向いている。
「うん。おまえみたいだなと思って。もみの木のように変わらずにいつも、わたしを見てく
れている。おまえのその気持ちが嬉しい。でも、どう応えていいか、わからないんだ」

「おまえが、その言葉通りの気持ちだったら嬉しいけど。まさかね?」
「その、まさかだったら迷惑か?」
アンドレの目が信じ難いものを見るように見開かれている。

「いつから俺のことを?」
「結婚話を断った時から・・・」
「もう、随分、前のことじゃないか。なぜ、言ってくれなかった?意地悪だな。それとも俺
を焦らして楽しんでいた?」


アンドレは慈愛のこもった眼差しで恋人を見つめた。
「だって、ずっと男同士のつきあいのようだったのに、今更どんな顔しておまえを見たら
いいか、わからないんだ」


「オスカル、もみの木が欲しいものを知っているか?」
「え?」
彼の質問の意味がわからずにオスカルは顔を上げた。ふたりの視線が絡まる。
「その枝を燃え立つような星の光で飾りたいと思っている。ちょうどおまえの瞳のような
青白いオリオンの光に彩られたいと思っている」

「木の気持ちを代弁するのか?」
「おまえが、言ったんじゃないか?俺がもみの木に似ていると・・・・」
「・・・・・」
「そうだ。そのために、もみの木は根元から切り倒されても文句は言わないだろうさ」
「切り倒されるなんて嫌だ。冗談でもそんなこと言わないで。おまえがいなかったら、わた
しは独りぼっちになってしまう」

「オスカル・・・」
「おまえがいない生活は考えられない」
「ならば、俺にもしもの時は一緒に?」
眼は笑ってはいるが、その言葉には説得力があった。オスカルはためらうことなく答えた。

「うん。その時は一緒に連れてってほしい。すぐに、迎えに来て。忘れたらぶったぎってやる」
「ははは、死んだヤツを切るのか?」
「意地悪。もうおまえなんか嫌いだ。ああ、そうさ、大嫌いだ!」
「はいはい、俺のわがままなお嬢さま」そう言うとアンドレは恋人のに口付けをした。

「え?」
「え?って何、オスカル」彼はオスカルの瞳を覗き込んだ。

いつもは、雄弁を物語るその瞳は、
今は
なりを潜め、迷いネコのような眼差しでアンドレの瞳を覗き返す。
その視線は、彼女の唇に口付けをしない彼に失望しているようにも、安堵しているようにも見える。

『なにか、不満ですか?お嬢さま・・・』
なぜ、唇にしてくれないのだ?』

そんな、やりとりが空気を通してお互いに伝わる。
その気持ちが同調した時、どちらからともなく唇を重ねた。

優しい、優しい彼の口付け。
今、至福のとき。時間よ止まれ・・・・。
  

うっとりと目を閉じていた彼女は突然、アンドレから引き離された。
「!?」
「こんな人目のある場所で誰かに見とめられたら、俺は旦那さまに成敗されてしまう」
「そんなの嫌っ!」

彼女の青ざめた表情を愉快そうに見ながら
「さあ、飾り付けをさっさとやってしまおう。お嬢さまも頑張って働いたら、お望みのものが手に入
るかもしれませんよ・・・」

「お望みのもの?」
アンドレはオスカルにそっと耳打ちをした。

「ば、莫迦やろう、やっぱりおまえなんて大嫌いだ」

オスカルの耳の底に木霊する彼の声・・・。
『俺の唇でおまえに星をともしてあげる』

オスカルは自分の唇を指先でそっといらう。
彼に見られないようにそっと・・・。



もみの木は、毎晩少しずつ色付き、その姿を美しく変貌させた。

その様は、恋心を知った乙女のようであった。

もみの木、もみの木、いつでもみどり

もみの木、もみの木、いつでもみどり 


 

                                              Fin


『あとがき』

10000番のあつ様のリクエストで、内容は、ショコラのような甘い話。情景は、もみの木の飾りつ
けを仲良くするOA。ということでした。あつ様、ありがとうございました。
         
                                        By無窮




         
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