チョコレートの贈り物 最終話  はるひ様作

               
          
ひとりの男としてアンドレを愛している・・・。
そう自覚した今、いっそ気分が良かった。
長い間自分の中に存在しながら正体のなかったものがはっきり
とした姿をあらわしたのだから。

だが、このことをアンドレに告げるのは・・・。

告げてしまいたい私と告げられない私がいた。
今まで私が彼にしてきたことを思うとこの気持ちを受け入れて
もらえない可能性が高い気がしたのだ。

「さあ、帰ろうか。」
アンドレに促されて兵舎を後にする。

「どうした、まだ目が覚めないか?」
馬車の中で物思いにふける私にアンドレは微笑む。
私はなんだか泣きたいくらいに胸が苦しくなった。
この笑みを私だけのものに出来るかもしれない。
でも、もしかしたらもう二度と見られないかもしれない。
交錯する二つの思い。





屋敷に着き、お互いそれぞれに過ごす。
アンドレといると胸が高鳴って苦しいくらいだったのに、離れ
れば離れたでまた別の苦しみがある。

・・・同じくらい苦しいのならば、共に居るほうを私は選ぼう。
そのためにこのチョコレートを渡そうと決心したのではなかっ
たか?
はっきりとした自覚がないまでもアンドレと共にありたいと、
今後の人生を共に歩きたいと思ったのではなかったか?

『私はオスカル様がお幸せになるお手伝いをさせていただけた
 んですよね?』

オランジェットの礼を言うとロザリーは必ずアンドレに渡すよ
うにと念を押した。
もし自分に感謝してくれるならば、と。

「後で私の部屋に・・・。」

あの日から夜部屋で2人きりになることは避けていた。
でも今日からは、又あの時間を過ごせるようになるよな・・・?

「オスカル、入るぞ?」
アンドレがやってきた。

「オスカル、実は今日ロザリーに会ったときにこれ買ってきた
 んだ。」
「?」
「モーザックの発泡酒、ロザリーのお薦め。お前が好きそうだ
 からって。」
「そうか、ありがとう。」
「チョコレートに合う、と言っていたがそこまでは手が回らな
 かった。」

『絶対にアンドレに渡してくださいね!』
再びロザリーの顔が浮かんだ。
そして・・・ボトルの銀の薔薇の飾り。
もう一人の私、シルヴィーまでもが後押ししてくれているよう
だった。

‘チョコレートなら私が・・・’
そう言えばいいのに、私の唇は恐ろしく乾いていて言葉が出て
こない。

アンドレが来たらすぐに渡せるようにソファの背もたれ用クッ
ションの裏に緑の包装に銀のリボンの小箱を隠していた。
そっと後ろ手で確認する。
言葉と同時に出せばいいんだ。
たった一言・・・。
なのに言えない。
私はこんなに臆病だったか?
なんで声が出ないんだ?
心臓が喉から飛び出そうだ。
あまりの緊張に眩暈までしそうだ。
どうしたら・・・っ!!

突然、何かが覆い被さってきた。
アンドレの匂いに包まれる。
呆然としていると、アンドレはそっと体に触れないように背中
に廻した私の手を解き、その小箱を取り上げてしまった。

「・・・!」
「ちょうどよかったな?」

至近距離で見つめるアンドレの瞳がなんだか悪戯っぽく笑って
いた。
「う〜ん、いい香だ。オランジェットだな?さ、乾杯しよう。」
アンドレが離れるとテーブルにはすでにグラスに充たされた発
泡酒が用意されていた。

「なっ・・!ちょ・・・っと、待て!!」
私はやっと声が出た。
「ん?これ食べちゃダメか?」
「い、いや、ダメじゃない・・・。
 はっ!違う!そうじゃなくて!!」

私はアンドレからチョコレートを取り返した。
「なんで・・そんな簡単に持っていくんだ!!これは私がどうや
 ってお前に渡そうかとっ、散々悩んで・・・!!
 だって、・・・だって私はお前を愛してるけど、お前にずっと
 一緒にいて欲しいけど、昼間の夢みたいにもしかしたらお前は
 もう誰かいるかもしれなくて・・・。
 そうじゃなくても、わ、私はお前の気持ちに知らん振りして、
 それにお前の眼だって・・・私は・・・私は・・・!」
喋っているうちに訳がわからなくなってしまった。
それに・・・なんだかとても大事なことをさらりと言ってしまっ
た気がする。

アンドレは一瞬目を見開き、そして満面の笑みになった。
ゆっくりと近づき私を抱きしめる。
「オスカル・・・もう一度言ってくれないか?」
かすかに声が震えてる。
・・・泣いてるのか?

「今日司令官室はオレンジの匂いが充満していた。最初は香水か
 とも思ったがお前は花の香だった。そしてパリでロザリーに会
 って・・・あの子ははっきりした事は言わなかったが大体言お
 うとしていることはわかったよ。俺だってあの子の兄のつもり 
 だからな。だが・・・。」
強い力でさらにきつく抱きしめられた。

「お前が俺にオランジェットを用意してくれていることまでは予
 想出来た。だが正直言ってここまでのことは想像していなかっ
 た、お前が俺を・・・?」
腕を緩めて私の顔を覗き込む。

「昼間お前が夢を見たように俺も夢を見ているのかな?」
潤んだ瞳で笑った。
「もしそうでないと言うなら・・・オスカルもう一度、さっきの
 言葉を言ってくれ。」
「あ・・・私は・・。」

言いかけた私の言葉をアンドレが飲み込んだ。
手にしていた箱が音を立てて転がる。

お前が‘言え’と言ったのに・・・
これでは言えないではないか・・・。

私はその唇を味わいながらやはりあの夢でのアランの口づけはア
ンドレだと確信した。けれど眠っている間にしたアンドレの他愛
も無い悪戯を私は責めない。
結局、愛の言葉を告げることに臆病な私の背を押したのは彼だっ
たのだから。

これで・・・貸し借り無しにしてやる・・・。

優しく長い口づけの後、今度こそ私はきちんと告げよう。

アンドレ・・・お前を愛していると。         Fin





『あとがき』
ふうわりと優しい感じが良かったです。オスカル様が、後ろ手に隠
したチョコレートを覆い被さるようにしてアンドレが取ってしまう
場面が好きでした。
はるひ様、有難うございました。           BY無窮


    
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