チョコレートの贈り物 最終話

                            
冬の冷気が足元からせり上がってくる。

アンドレはオスカルの剥き出しの足に気がついた。先程から何度と無
く繰り返される熱い口付け。体の触れ合う部分は温もりを感じていて
も、夕刻の下がり始めた気温には太刀打ちできない。靴を履いていな
い彼女の足は素直に気温の低下に反応する。

「オスカル、いつまでもこうしていたいけれど、このままではお前の
 体が冷えてしまう」
「嫌だ!」
「大切なお前に風邪をひかすわけにはいかない」
「なら、お前が暖めてくれれば良い・・・」

アンドレは驚いたように彼女を見つめた。
「えらく、大胆だな。一体今日はどうしたのだ?」
「第一の関門を突破したわたしに怖い物などない!」
「第一の関門?なんだ、それは」
アンドレはきょとんとしている。

「さっき、お前に告白しただろう?」
「ああ、あれね。だから。もう怖くないと?」
「どういう意味だ?」
「もし・・・・」
アンドレは、彼女の耳元で囁いた。

『また、お前を襲ったら・・・・?』

「え?」
オスカルは、ぎょっとしたように目を見開いた。
「恋人同士なら当たり前のことだよ」
「あ、でも・・・。ここ・・・で?」
オスカルの視線は隣の仮眠室へと移動した。
「怖くないんだろう?」
再び、彼は彼女の耳元で囁いた。
「あ・・・・」

オスカルは、困惑していた。なんだか、自分の言葉にはまり込んでし
まった感があった。嫌じゃない。嫌じゃないけれど、でも・・・。
「ふふん、冗談だよ。それよりも、もうひとつ、何か忘れてないか?」

オスカルは首を傾げた。
「えーと、何だったかな?」
「オランジェット」
「あれは、さっき、お前にやるって言ったぞ!」
「ああ、やけくそにな?」
「だって、照れるではないか・・・・」

アンドレは彼女から体を離すと、先程自分がソファーに投げたチョコ
レートの箱を取りに行き、オスカルに手渡した。
「言って?オスカル」
「な、なにを?」
「俺を愛してるって」
「でも、さっき、好きだと言ったぞ?」
「それも嬉しいけれど、でも・・・・やっぱり言って欲しい」
「う・・・・・」

たたみかけるようにアンドレは言う。
「言葉にしないと伝わらないこともある」
「それは・・・わかるけど、でも、面と向かっては言えない。わたし
 が、こういうことに疎いのはお前だって知っているだろう?アンド
 レ・・・・。あっ!!」

彼女が言い終わるか早いか、アンドレは彼女を抱き上げてしまった。
「俺の体に顔をおしつけていろ。これなら顔が見えないから大丈夫」
「わたしの顔が見えなくても良いのか?」
「声だけで充分だよ。オスカル」
彼女は安堵したように言った。
「お前は、昔から欲がないなぁ」

アンドレは低く、笑う。
「おまえは、そう思うか?まだまだ読みが甘いよ。オスカル」
オスカルはドキリとして恋人の顔を見つめ、彼の言葉を待った。
「これから、少しずつ時間をかけて、お前の心と体を味わい尽くして
 やる。覚悟しておけ」
「ア、ア、ア、アンドレッ!!」

アンドレはそんな彼女の顔を覗き込むとにっこりと微笑んだ。
「そんな顔も可愛いよ。俺のオスカル」
「莫迦野郎!」

彼は、大切な彼女を仮眠室の寝台の上に降ろした。
「さぁ、お姫様、靴を履いてください?」
オスカルは固まっている。
「どうした?」
「今、本当にお前に襲われるかと思ったぞ」
「ふふ、こんな所ではしないよ」
「だって、夢の中では・・・・」

『あんなに大胆だったくせに!』

その言葉をオスカルは飲み込んだ。あれは、自分の願望だ。彼に食べ
られてしまいたいと言う願望・・・。

「このシチュエーションで紛らわしいことをするから、もう!」
悪態をつきながら靴を履く。
「お姫様、何か期待されましたか?」
「ふん!それよりも靴を履かせろ」
「はいはい。では、ご褒美は?」
「望みのままに」

オスカルは傍らの箱を彼に渡しながら、彼の望んだ言葉を呟いた。
「アンドレ、愛している。わたしの騎士よ・・・」

彼は、その言葉に態度で返す。彼女の前に跪きその手の甲に口付けた。
まるで、騎士のように・・・。彼女はその黒髪を引き寄せると自分の
ひざの上に乗せた。言葉は途切れることなく紡ぎだされる。

『愛している』と。



 



二度の夜と昼が交代した。馬車は朝の眩い光に包まれていた。
「なぁ、アンドレ、あのチョコレートうまかったな」
「うん。なんか、昔の食べ方も復活したし」
「今度、またロザリーの家で作らせてもらおうかな?今度はもっと長
 いオランジェット」
「しかし、そんな、贅沢なことをしていたら、夏に仕込んだオレンジ
 の皮がすぐに底をついてしまう。ロザリーの家だって、そんなに暮
 らし向きは楽ではないのだから」
「うん、わかってるけど・・・」

両端からふたりで食べるオランジェット。最後は先にチョコを離した
方が負けという、ふたりだけのルール。しかし、恋人同士には、ルー
ルは通じない。

「オスカル。オランジェットを口実にしてる?」
「え?何の?」
「だから、口付けの・・・」

馬車は、兵舎の馬車寄席に滑り込んでいく。
「おはようございます。隊長」
「ああ、アランか。おはよう」
「あれ?隊長!お綺麗な顔に出来物ですかい?」
「え?」
「そういやぁアンドレも同じ場所に出来物が。いやぁ仲いいっすねぇ〜」

さりげなく、自分の体でオスカルを隠しつつアンドレは
「そういえば、お袋さん、元気になったかい?」
「ああ、お陰さまでな。休んでいた分、取り戻すつもりで働きまさぁ」
「ああ、そうしてくれ」
少しばかり、顔を紅潮させて隊長が言った。
「アラン、有難う」
「は?」

首を傾げるアランを尻目に、オスカルはアンドレを伴って司令官室へと
向かった。恋人の好きな『陽に透ける金の髪』をたなびかせながら。

チョコレートの贈り物に感謝しながら・・・・・・。    Fin







『あとがき』
あつ様からリクエストを頂いたのは1月下旬頃。『アンドレにチョコレ
ートを渡そうと胸をときめかせる初恋のようなオスカル様を見たい』
とのご要望でした。

当初は、連載にする気も無くこれといったオチも見つからず、とにか
く行き当たりバッタリで書いてみようと、まず実行!
『チョコレートを渡す時に邪魔が入ると面白い』というあつ様の、
もうひとつのご要望を、満たそうと思うと第3者の存在が必要でした。
それで考えたのが『シルヴィー』というキャラクター。

この『シルヴィー』をどう料理しようかと考えた時に、夢オチ、連載、
そして、読者様を引っ掻き回してやろう!という悪戯心がムクムクと
沸いてきて、こういう形になりました。

ふたつの最終話はどちらにするか絞り込む事ができなかったからです。
『両方見たい』・・・・ということで、それに便乗する形で最終話だ
けの作品募集となりました。

あつ様、そして読者の皆様、お付き合いいただき有難うございました。

                                2003/3/8 無窮


    
    
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