チョコレートの贈り物 11話

                            
オスカルは、拳銃を握り締めていた。自分の拳銃。初めて仕官とし
ての任に就いたときに父にもらった拳銃。以来、この拳銃は自分に
とって、守り神のような存在だった。それを、撃つ?誰に?

誰に?   アンドレ?

彼女は朦朧とした思考の中で自分を手放さないように必死に戦って
いた。気を抜くと簡単に暗示にかかりそうな精神状態・・・。
そう、今は逢魔が刻。光と闇が交差する刻。自分の心の闇が一瞬さ
らけだされる刻。

今、撃てば、アンドレは永遠にわたしのものだ。他の女などには渡
さずに済む。身分が違うと悩まずに済むのだ。そうだ。彼を殺して
わたしも果てよう。そうすれば、わたしたちを隔てる物は何もない
はずだ。

「ん・・・。オスカ・・・・ル。大好きだ・・・よ」
彼の声でオスカルは我に返った。

『彼を永遠にわたしのものに・・・・』

なんて、自分勝手な思い上がり!
アンドレの命は彼のものだ!

拳銃が、鈍い音をたてて床に滑り落ちた。

『撃てるわけが無い・・・。』

オスカルの右腕が、だらりと下がった。

『こいつは、わたしの一部なのだから、わたしは自分自身を撃てる
 わけが無い』

そう、思うと、無性に腹がたった。オスカルの背骨に力が入り、彼
から体を離すと右腕が空(くう)を切った。彼女の右の手の平は、
アンドレの左の頬を直撃した。彼は頬を押さえて彼女を見下ろした。
彼女の、力のこもった眼差し。凛と響く声。少し震えている声。

「アンドレ!!」
「オスカル・・・・」
「なぜ、こんな真似をした?」
「すまん。お前に触れないという、あの時の誓いを破ってしまった」
「そうじゃない!なぜ、自分の命を粗末にするような真似をする?」
「今度、お前に手を出したら、自分でけじめをつけなければならな
 いと思っていた・・・」

もう1発、彼の頬に平手打ちがヒットした。彼女が怒りに震えている。
「許さない!許さない!わたしを独りにするなど絶対に許さない!た
 とえ、お前でも・・・」
感極まったオスカルの瞳から、再び涙が流れる。両手の拳で彼の胸を
ポカポカと殴る。

「わたしは、お前がいないと生きていけない」
「オスカル、怒っているのか?」
「当たり前だ!お前まえがいなくなったら、きっと、わたしは気が触
 れてしまう。お前を誰にも渡したくないんだ。アンドレ」
「お前がそんな事を言うなんて・・・」
「わたしだって、女だ!好きな男に傍にいてもらいたいと思うのは自
 然なことだろう?違うか?」

たたみかけるような彼女の告白にアンドレは唖然とした。長年、果か
ない夢を抱き続けた『彼女からの言葉』は、まるでケンカ腰。らしい
と言えばらしいが、これでは、まるで今から決闘にいくような勢いの
良さだな・・・。

「アンドレ!何を笑っている。わたしだってこんな事、こんなふうに
 ケンカ腰で言う物ではないと、ちゃんとわかっているぞ。でも、誰
 もこんな時にどうするか教えてくれなかった。実践の場だってなか
 ったし・・。ああ、もう自分で何を口走っているのかわからん!こ
 んなガサツな女で悪かったな!」

そう、口早に言うと、オスカルは背伸びをしながら彼の首に腕を絡め、
その唇に自分のそれをそっと重ね合わせた。それから、どうしていい
のかわからずに迷っていると彼が一瞬、唇を離した。

「オスカル、そうじゃない。恋人同士のは、こうやるんだ」
彼からの口付け。唇を割って彼女の中に入ってきた。いつしか、オス
カルの両手は彼の背中を這いまわり、重ね合わせた唇の端からは吐息
が零れる。今、オスカルは女として男に翻弄される喜びをかみ締めて
いた。

窓から差し込んでいた夕陽のオレンジ色の光は、部屋の隅に広がり始
めた闇色に徐々に押しやられ、一日の最後の光を失おうとしていた。
                                      つづく


        
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