チョコレートの贈り物 最終話 前編  ピカりん♪様作 

                         
草木も眠る丑三つ時、ジャルジェ家の厨房にうごめく人影。
人目を忍び、愛しい男を捜し歩いたオスカルが見つけたの
は藁人形に釘を打つアンドレ…
ではなくて、薄暗い厨房でアイスピックを振るい
氷をかち割るアンドレの後ろ姿。

あのひきしまった、せ・な・かに抱きつきたいっ!
いや、いかん、いかん、仮にも私は、このジャルジェ家の
おじょ〜様。大勢の使用人の居るこのお屋敷、いつ何時ど
こで見られているとも限らん。何たって、ジャルジェ家で
はこの私が主役なのだからな。

それに、今のアンドレに抱きついたら、串刺しにされかね
ん。まぁ、それも時と場合と相手と方法によっては大歓迎
なのだが…。
…おっと…い、今の発言はどうか聞き流してくれたまえ。

ふふ、アンドレ、私に寝酒を運んでくれる積もりなんだな?
寝酒にしてはちと時間が遅すぎるが、それもお前の策略か?
さすがは"私のアンドレ"だ。
でも、私の事など何でもお見通しの筈のアンドレ…、
私の今夜の気分は、ロックではなくストレートなんだがな…。





アンドレは一心不乱にアイスピックをふるっていて、銀色の
リボンをかけた小さな包みを後ろ手に隠したオスカルが消え
入りそうな声でつぶやいてみるも、中々気づかない。
「アンドレ。あとで私の部屋へ…」
アイスピックを握る腕の動きが一瞬止まる。
「分かった…」
小さくうなずくアンドレ。
そして、オスカルの部屋に運ばれたのは、グラス1ぱいのワ
イン。
「おやすみ、オスカル…。」

アンドレ、ちょ、ちょっと待て、もう部屋に帰るのか?!
オンザロックはどうした?策略はどうしたんだ?
今は泣く子も黙る…じゃなかった、ばあやも眠る丑三つ時だ
ぞ。絶え入るばかりに胸震わせてきたお前の千載一遇のチャ
ンスなんだぞ?!

あ…!

ガシャーン!

ハッと振り向き、慌てて駆け寄るアンドレ、
「大丈夫か?近寄るな、ガラスで怪我をするぞ。」
「アンドレ…手が…!」
「近寄るなっ!」

アンドレ、ワイングラスと一緒に床に落ちている
銀色のリボンのついた小さな包みを発見。

「…これは…?」

し、しまった…。
こんな渡し方をする積もりではなかったのにのにのに…。
でも、ま、いっか♪
アンドレ、お前の策略にのってやるぞ…ふふふ…。

策略を高じていたのが誰なのかはすっかり忘却の彼方、
思いこみの激しさは父譲りの軍人オスカル。

「開けてもいいか?」

コクンとうなづくオスカルの目の前で、
包みを解いたアンドレの頬が…歪む…?

「少し…不格好だが…その…私が作ったオランジェットだ。
お前に食べて欲しくて…。」

おぉ!我ながらよく告白出来たではないか!
恥じらい薫る乙女を演じるなどたやすいものだな、なぁ、
ロザリー。お前もこうしてベルナールを籠絡したのだな。
私の春風も、中々隅におけぬ。

「ありがとう…オスカル…。嬉しいよ…。
 それじゃ、おやすみ…。」

えぇっ!?そ、それだけかっ!?
どうしてっ、どうして、食べてくれないのだっ?!
お前が、20年もの間、他の女になど目もくれずに思ってきた
ペガサスの翼にも似てお前の心を震わすともいうこのオスカル
様が指先をあかぎれだらけに…はしてないが、成婚こめて…
(いかん、つい願望が…)も、もとい、精魂込めて作った、
それもお前の大好物のオランジェットなのだぞっ!

みるみる内に、オスカルの深い海の如き蒼い瞳が曇り…


バシーーーーン!


父の鬼のしごきに耐え、剣で鍛えまくったオスカルの腕から炸
裂した平手打ちを受け、頬を押さえて涙を流すアンドレを部屋
の外に追い出し、ベッドで独りオスカルは号泣するのだった。





さて、黄金の平手打ちを食らわせて追い出したものの、オスカ
ルは、アンドレが流していた涙を見て、実はすぐに後悔しまく
っていた。

こんな事する積もりじゃなかった…。私はいつもこうだ…。
こんな私の短気といい勝負なのは、ベルキャラでは、ベルナー
ル位だろうな。あぁ、そんな事はどうでもいい、何故アンドレ
は食べてくれなかったんだろう…。
確かに不格好だが、そんなにまずそうに見えるのか?

安心しろアンドレ、このチョコはロザリーじるしなんだぞ?
味は保障付きだ、と言えない所が辛いな…。
まさか…真に頼りになる心優しく暖かい男性の愛に気づくのが
遅すぎたのか!?
わ、私への愛がもう醒めてしまったのか!?

  ガーン…。


いや、違う違う違う!
ヴァレンタインには手作りチョコで告白、などという、
尻の青い(ケツなどと私は言わぬぞ、アンドレ。何せ、私はお
じょ〜様だからな)小娘と同じ様な普通の方法で(年齢だけは)
大人の女のこのオスカル様が告白しようとしたから失敗したん
じゃないか!?


いや、違う違う違う!
アンドレはきっと腹いっぱいだっただけに違いない!
それより、アンドレがチョコなんかより欲しいものを
あげればいいんじゃないか。
食欲の次に満たしたいものといったら…ふふふ。
フランス軍屈指の軍師、近衛連隊にその人ありと言われたオスカ
ル様がこんな簡単なことに気が付かなかったなんて♪
それならそうと、アンドレの部屋にプレゼントを届けなくては。

チョコなど置き去りにして、るんるんとスキップしながら、
手ぶらでアンドレの部屋に向かった脳天気なオスカルであった。

                                    つづく

      
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