チョコレートの贈り物 最終話 前編  牡丹様作 

                         
人間というのは、まったく都合の悪いようにできている。
チョコレートを渡そう、渡したい、
彼女の心中はただそれだけを願っているのに、
衛兵隊の兵舎で、帰りの馬車で、お屋敷の中や彼女の
部屋で、ありすぎたはずの機会という機会はことごとく無
駄にしてしまった。

気がつけば、もうすっかり14日の夜は更けて、つい今し
方までここにいたはずの彼がいない。
わたしは今まで何をしていた、何を考えていた?
自分でも思い出せないのだから、いくら薄暗い部屋の中
をうろうろしてみたところで答えは出ない。

渡そうと思えばいつでも渡せたはずなのに。

長椅子にいつもよりクッションが多いのは、柔らかな羽
根の後ろに小さな包みが隠してあるから。
緑色をした、銀色のリボンの、小さな包み。
近くに寄せて息を吸うと、チョコレートとオレンジの甘
くてほろ苦い香りがふんわりと香ってくる。

今頃は、彼の胃の中におさまっているはずだった。
剥がされた包みがくずかごの中に入っているはずだった。
もしも渡していたら、彼は今、まだここにいたかもしれ
なかった。愛をささやき合って、数え切れないほどのく
ちづけを交わしていたかもしれなかった。

なのに、広い部屋にいるのはたったひとり、ひとりだけ。
外は深い闇なのに、このまま眠ってしまうのは悔しくて、
やるせなくて、そう思うと当然睡魔なんてやってくるわ
けがなかった。

「それもこれもみんな…」

みんな…みんな…
みんな…

…なんの所為だというのだ。

できれば彼の所為にしてしまいたかったけれど、
小さくなって音も立てなくなった暖炉の炎を見つめてい
たら、そんな言い訳もまるで無意味なんだと思えてくる。

「燃やそうかな…」

いや、駄目だ。それはできない。
だって、だって…
…暖炉の火がこんなにも弱いんだもの。





悲しいから、悔しいから、決して
「頑張ってつくったチョコレートだ」
とは言いたくない。

ロザリーに手取り足取り教えてもらって、初めて真剣に
つくったお菓子。それはまあ、彼女のに比べればなんて
ことはないものだけど、できあがって、コーティングも
成功して、きれいに包んで、そんなことをやっていたら、
意外にもこんなちっぽけなチョコレートが自分の中で大
きな割合を占めていたことに気がついた。

でも、つくることより渡すことのほうが難しいだなんて、
そんなことは知らなかった。
ロザリーも教えてくれなかった。
今日になって初めてわかった。

くやしい…わたしはなんと情けない人間なのだろう。
想いを寄せる人にチョコレートひとつ渡すこともできな
いなんて。

あふれそうになる涙をぐっとこらえて、そっとそっと、
忍びやかなくちづけを緑の包みにひとつ落とす。
今のオスカルは、なんとしてでもアンドレにチョコレー
トを送りたい、その一心だった。

彼に直接渡せなくてもいい、
どうにかして手元に届けたい、
このままではきっとまともに彼の顔も見れやしない。

そう思うと、どうにもこうにも居たたまれなくて、
もう今頃彼は眠っているとは知りながら、部屋を飛び出
すオスカルだった。                  つづく


      
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