チョコレートの贈り物 2話

            
オスカルは引き出しを閉めた。数日前に口実をつけて訪ねたロザリー
の家で、作り方を教わったオレンジ入りのチョコレート菓子。
オレンジの皮を薄くむき、水にさらして砂糖で煮込んだものに、チョ
コレートの衣をつけた。
「オスカル様、オレンジの皮は私が下準備をしておきましたから最後
 のコーティングとラッピングをお願いしますね」

およそ、料理などしたことがないであろう姉への妹の愛情だった。
小枝のような可愛らしい棒状のチョコレートをアンドレの好きな緑の
紙でくるみ、銀色のリボンをかけた。少々不恰好だが心のこもった物
ができたと、オスカルは大満悦だった。

しかし・・・。問題はこれだった。
『チョコレートを渡す口実』
義理チョコという口実も考えたが、ひとりだけに渡すのは、勇気がいる。
こんなことなら兵士たちの分もカムフラージュに作っておけば良かった。
こんな事、今更思っても後のまつりだった。

「どうした?オスカル。引き出しを開けたり閉めたり。ちゃんとデスク
 ワークをしないと、終いに身動きがとれなくなるぞ」
突然、話し掛けられ彼女の心臓は跳ね上がる。今は勤務中。彼女は頭の
中から、チョコレートの事やその口実の事を集中して追い出した。

「あ、ああ、わかっている。アンドレ」
「ホントにわかっているか?何日も書類をためて、こまった上司だ」
そう言ってアンドレが近くによってきたので、オスカルは頬が紅潮して
ゆくのを止められない。
「オスカル。熱でもあるのか?」
ふいに額に手をかけられ、顔をそむけるオスカル。
「おい、何か隠してないか?こっち向けよ、ほら!」
アンドレは彼女の両腕をつかんで自分の方を向かせようとして動作を止
めた。

「あ、すまなかった。つい心配で。医務室に付き添うか?」
急に離れてしまったアンドレに物足らなさを感じる自分にオスカルは、
驚愕するばかりだった。

前はあの『男の力』が怖かったのに・・・。

「大丈夫、ちょっと眠かっただけだ」
「そうか。なら良いが」
なんとなく宙ぶらりんの会話のまま、書類の分類をはじめる。
「あ!」
「どうした?アンドレ」
「おい、まずいぞ。この書類の提出期日。今日じゃないか?」
「どれ・・・。あ、これは!くそ、ブイエのクソ狸にどやされてしまう」
「サインがいるのか?仕方がない。パリの留守部隊に行って来てやるよ」
「すまないな」
「なに、お安いご用さ」

扉へと向かうアンドレにオスカルは声をかけた。
「今日の面会日だけど、ばあやは?」
「今日は来ないよ。お屋敷のほうが忙しいって言っていたから」
「そうか」
「じゃ、行って来る」
「行ってらっしゃい。気をつけて」
ぎこちなく手をあげて彼を見送る。ほんの少し頬を染めて・・・。

アンドレが退出した後、その扉を見ながらオスカルはじっとしていた。
『じゃ、行って来る』
『行ってらっしゃい。気をつけて』
さっきの会話。上司と部下の会話ではないな。あれは、どこかで・・・・。
そうだ、ベルナールとロザリーの会話だ。あの若夫婦の・・・・。
うっわ〜。何気なく言ったけれどアンドレに変だと思われなかっただろうか。
ますます頬を染めるオスカルであった。

窓から差し込む日差しは春めいていて、どことなくうきうきしている。


彼が戻ってきたら、さりげなくチョコレートを渡そう。そして言うんだ。
「今夜、一緒に飲まないか?また以前みたいに」・・・て。
もう一度彼女は引き出しの中の包みを覗いた。
彼の好きなオレンジの香りのチョコレート。また顔にお揃いの出来物を作って
笑いあうんだ。

わたしが欲しいのはささやかな幸せ・・・。彼と目が合って微笑みあうような
小さな幸せ。


         


コンコン。
「入れ!」
「失礼します」
「おお、アランか。何か?」
「アンドレのヤツに面会人です」
「ん?ばあやかな?」
「いえ、若い娘ですが・・・」

その時に隊長の眉がピクリと動いたのをアランは見過ごさなかった。
「アンドレのコレですかね?隊長」
「・・・・・・」
「あいつも澄ました顔して隅におけませんね」
「アラン、アンドレは今日はパリの留守部隊に使いに行っている。わたしが代わ
 りにお相手しよう。どこだ?」

一言、余分だったかなとバツの悪そうな顔をしながらアランは答えた。
「中庭ですが、隊長」
ますます、オスカルの美しい眉がつり上がる。アランはもう何も言えなかった。
オスカルはこれから決戦に挑む戦士のような気持ちで、中庭に向かった。
ピィーンとはりつめた空気。肩で風を切って歩く。揺れるブロンドの髪。
冴え冴えとした瞳がひとりの女性の後姿をとらえた。

長いブロンドの髪を後ろで緩やかに束ねてある。髪には銀の薔薇の飾り。
「失礼、マドモアゼル」
その女性はゆったりと振り返った。                 つづく


      
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