チョコレートの贈り物 3話

            
「あ、あねうえ?」
オスカルは、その女性の顔を見て驚愕した。
「??。私はシルヴィーと申します。隊長様」
その女性のメゾソプラノの声が、可憐な唇から流れる。
「し、失礼。マドモアゼル・シルヴィー。しかし、なぜ、わたしが隊長
 だとわかるのですか?」

シルヴィーと名乗った女性は、くすりと笑う。
「だって、ここにいるどの殿方よりも立派ないでたちですもの。加えて
 その美貌。嫌でも目を引きますわ」
オスカルは、なるほど、理に叶った説明だと思った。たしかに自分の軍
服には勲章の類がぶら下がっている。それらを瞬時に見極めて、自分の
ことを隊長と言い当ててしまう、このシルヴィーという女性。なかなか
鋭いところがあると感じた。

「ところで、シルヴィーさん。今日の用向きは何でしょう?」
アンドレに会いにきたとわかっているのだが、オスカルは遠まわしに聞
く。実際、アンドレのプライベートなど知らない。彼は、衛兵隊の勤務
以外の時は四六時中、オスカルの護衛のために傍らにいるが、彼女の傍
を離れたときは、どこで何をしてどんな事を考えているのか見当もつか
ない。

彼も健全な男だし、娼館に出入りしているらしいと聞いてから何十年も
の月日が流れた。実際、あの自分への告白の後も出入りしているのかど
うか知る由もない。それに、自分は彼の恋人でもないのだから、そんな
事、聞けもしない。聞いたところでどうなる?

『彼の行動』

それは彼の自由だからだ。彼が何を思って女を買っていたかは、大体想
像がついた。それは、彼に対して拒否も受け入れもしない自分の中途半
端な行動にも責任があった。

それに、彼が肉体の欲を満たすために女を抱く行為は、不快だが怖くは
無かった。本当に怖いのは、彼の心を満たす相手が現れる事だった。
ジャルジェ家という極めて限られた世界では、彼にとっての一番は、オ
スカル・フランソワという女性かもしれない。しかし、世界は広い。も
し、この広い世界で、彼がまだ会った事の無い『本当の相手』に出会っ
てしまったら、彼はどちらを選ぶだろう。その時わたしは、どう気持ち
が動くのだろう?

考えても仕方が無い事と、ずっと封印してきた疑問。考えようとすると
心が真っ白になり、思考が停止してしまう。だから考えないようにした。
けれども、今、目の前に立っているこのシルヴィーとか言う女性に、一
抹の不安を感じる。
アンドレを訪ねてきただけ。他意は無いと思い込もうとした。

それに、仮にも男のなりをしている自分がレディーに対して
「あなたとアンドレの関係は?」
などど口が裂けても言えない。オスカルが葛藤をしていると彼女から聞
いてきた。
「あの、今日、アンドレ・グランディエは?」

そら来た!と身構えながらも、オスカルは慎重に言葉を選ぶ。
「彼なら、パリの留守部隊に急ぎの用で行かせました」
「そうですか・・・。長くかかるのでしょうか?」
「今日は、先方にアポが取ってないので何とも言えません」
シルヴィーは、あからさまにがっかりとした表情をした。

彼との関係をますます知りたいと思うオスカルだった。
「全く、貴女のような方にそんなチャーミングな顔をさせるなんて、男
 の風上にもおけませんな。ヤツは!はっはっはっ・・」
「タイミングが悪かったのですわ」
彼女は苦笑する。

『やっぱり、ひっかかる!』

そう感じたオスカルは彼女をお茶に誘った。少し、喉も潤えば何か聞き
出せるかもしれない。オスカルの頭からは、アンドレが戻るまでに片付
けておこうと思った仕事の段取りなどすっかりと抜け落ちていた。

美しい軍人にお茶に誘われたシルヴィーは少し警戒していた。オスカル
は自分が同性である事を告げると、驚いた表情をしたが、すぐに笑顔を
作りこう言った。
「でも隊長様のお仕事の邪魔になりますわ」
「構いませんよ。マドモアゼル・シルヴィー。アンドレが戻るまで次の
 書類の手配が出来ないのです。ちょうど時間がポッカリと空いてしま
 いましてね。良ければお話相手になってください」
「そういうことでしたら、お言葉に甘えて・・・・」

オスカルはシルヴィーを伴って司令官室に歩みをすすめる。アンドレに
『デスクワークを溜めるなよ』と言われたことなど忘却のかなただった。
ところで・・・・とオスカルの頭の中は、次の課題でいっぱいだった。
『誰がお茶を入れるか・・・・』

いつもは、アンドレが、その精錬された物腰で美味しいお茶を入れてく
れる。しかし、ここの兵士どもに、そんな気の利いたことが出来る者は
いない。その筆頭がアラン。
いや、今はアランに個人的な感情を持つときではない。
・・・とその時、思えば影とでも言おうか、アラン兄妹が談笑をしなが
ら目の前を横切っていく。

「アラン!頼みがある!」
「へ?」


      


冬の太陽光線が柔らかな影を作っている司令官室・・・。
ディアンヌが入れてくれたオレンジ・ペコが良い香りを放っていた。
「ああ、美味しい」
シルヴィーは、その愛らしい唇で紅茶をコクリと飲み下した。
「オレンジ・ペコは高級品ですが、アンドレが好きなので、切らさない
 ようにして おります」
オスカルは、わざと『アンドレが』の所を強調した。

それに対してシルヴィーは、突然頭を下げた。
「な?」
「ありがとうございます。隊長様。アンドレが貴女様の乳兄弟というこ
 とは彼から聞いておりました。まさか、女性だとは思いませんでした
 が、ここまで従僕を大切にしてくださる方だとは思いませんでした。
 彼に代わってお礼を申し上げます」

いや〜な予感が頭を掠めるオスカルだったが、それを取り払うようにさ
りげなく言った。
「アンドレも幸せですな。貴女のような方に慕われて・・・・」
「ま、そんな」
シルヴィーは、ポッと顔を赤らめた。うわ!このシチュエーションは?
オスカルの頭の中にシグナルが鳴る。

「私たち、もうすぐ結婚しますの・・・」

シルヴィーの口から放たれた言葉はオスカルを金縛り状態にした。
ゴクリ!オスカルの喉元を紅茶が滑り落ちていった。冬の太陽が傾き始
めた。 
                                         つづく 


      
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