チョコレートの贈り物 4話

            
オスカルは、信じられないと言う風にシルヴィーを見た。やっとの
事で声を絞り出す。
「あ、アンドレにこんな可愛らしい恋人がいるとは驚きだな。主人
 のわたしには、何も言ってくれなかったので」
「まあ、そうでしたの。あの人ったら照れ屋だから・・・。では、
 結婚休暇の事もまだお聞きになっていないのですね?」
「あ、それも初耳だ」
シルヴィーは軽くため息をついた。
「じゃ、今日お邪魔してちょうど良かったですわ」


        


アランとディアンヌが仲良さそうに話している。
「はい、兄さん、少しだけどこれ」
「お、チョコレートか。いいねぇ〜。毎年この時期は楽しみだ。
 で、あいつにも やったのか?」
「あいつって?ああ、彼?」
「ああ。俺の事をなれなれしく『お義兄さん』て言うヤツだ」
「まあ!兄さんったらやきもち?ちゃぁぁんと兄さんの分も用意した
 でしょう?」
「はいはい。ありがとうございます。ディアンヌ姫」
「もう、変な兄さん!それにしても・・・・」

と言いながらディアンヌは司令官室のある方を振り返った。
「兄さん?あのさっきの綺麗な方、隊長さんのお身内の方かしら?」
「う・・ん。俺も気になっていたんだが確かに隊長に似ていたなぁ。
 ありゃ、アンドレの客だが・・・・」

アランも、シルヴィーの第一印象が『隊長に似ている』だったので、気
になっていたのだ。
「アンドレのヤツ。身分違いの恋に見切りをつけて、新しい女を探した
 のか?それも惚れた女にクリソツの・・・」
兄の言葉に妹は、まさか?と言うように首を傾げた。

「でも、アンドレさんて、確か隊長さん一筋の人でしょう?そんなに不
 誠実な方には見えないけれど・・・。」
「ま、俺の知ったこっちゃねぇな。それよりもお前のいい人は、他の女
 に色目を使うってことはないよな?」
「まさか!彼は優しい人ですもの。私を泣かせるような事はしないって
 誓ってくれたわ。それに、そんな事をしたら兄さんの方が先に切れて
 しまうわ」
「ちげぇねぇ!」
アランは、カラカラと笑った。


       


アラン兄妹に噂されているとも知らずにオスカルは、泣きたい気持ちだ
った。自分は、なぜ見ず知らずの女性とこんな話をしているのだろう?

『おまえ以外の女に目を向けた事は無かった』

ならば、彼のあの言葉は何だったのだ?
あの命がけの告白は演技だったとも?
今、現実をつきつけられたオスカルにとって、あの出来事は夢の中の出
来事のように思えた。フェルゼンに失恋した自分が見たいと切望した夢。
誰かに激しく愛されたいと願った気持ち。

『おまえ以外の女に目を向けた事は無かった』

あの告白は、性の自然な姿のままに生きることが出来ない自分へ運命が
見せた『幻』だったのだろうか?
オスカルが自問自答しているとノックの音がした。

「入れ」
「ただいま、戻りました」
辺りに響くテノールの声。優しくひだのある、わたしの大好きなその声。
オスカルが労いの声をかけようと思ったけれど、シルヴィーに先を越され
てしまった。

「アンドレ!あなた!」
アンドレは声の主を見て顔をほころばせた。
「シルヴィー!来てくれたの?」
「ええ、だって明日はヴァレンタイン・ディーですもの。一足早いけどチ
 ョコを持ってきたの」
シルヴィーの手元には緑の包み。銀のリボンが日光に反射した。とたんに
部屋に溢れるオレンジの香り。

「オランジェット!俺の好きなチョコレートを覚えていてくれたんだな?」
「だって、子供の頃、よく一緒に食べたじゃない?」
「ああ、そうだったね、懐かしい!」

オスカルは、ふたりの会話をどこか遠くから見ているような気分だった。
「邪魔して、悪いが、アンドレ。書類はどうなっている?」
「あ、すいません、隊長。これです」
オスカルはアンドレから書類を受け取ると礼も言わずにデスクに向かった。
それは、ふたりに無言の退出を命令しているようだった。急に寡黙になった
オスカルに気まずさを感じ、ふたりは司令官室を出た。

本当にあれはアンドレだろうか?同じ姿をした別の人間ではないだろうか?
あの微笑みは、わたしだけに向けられていたのに・・・・。
あの声は、私だけに発せられていたはずなのに・・・・・。

ひとりきりになって、頭の中を整理しようと思うけれど、一向に集中できな
い。傾きかけた冬の陽に身をさらされ、喉が渇いたオスカルは給湯室に向か
った。しかし、そこには今、一番会いたくないふたりの姿があった。

「シルヴィー、早く、ふたりきりになりたいな。式までなんて待てないよ」
「もう、アンドレったらせっかちなんだから」
「周囲の反対を押し切って、やっと君を手にいれたのに、又、焦らす」
「だって、父がうるさいんですもの。今更、反対されるのは嫌でしょう?」
シルィーが、優雅に笑う。
「しょうがない、ガマンするか。でも初夜の日は眠らせないから・・・」
「ふふふ、怖いわね。でも私、幸せよ。愛してるアンドレ」
「俺も・・・・」

オスカルが見ているとも知らずにふたりはお互いの体に腕を回しあい抱擁を
繰り返す。
「ん・・・。だめ。こんな所で・・。誰かが来たら見られてしまう」
甘えるようにシルヴィーが言うと
「見せてやればいさ。愛しているよ。俺のシルヴィー」
アンドレは彼女に口付けた。首を傾げてそれに応えるシルヴィー。

オスカルの心に火がついた。
『愛している!このまま殺されても構わない』
彼のあの言葉。あれが無ければわたし達は幼馴染のままでいられたのに!
今、男とも女とのつかぬ感情を抱えて悶々と悩む事はなかったはずなのに!

これが、嫉妬というものなのか?
もはや、オスカルの精神はピークに達し正気と狂気の境目でぐらぐらと揺れて
いた。感情を押さえようとするオスカルの前で、アンドレがシルヴィーの胸元
へと手を滑り込ませた。

「こら〜!おまえら。ここを何処だと思っている。許さん!」
ついに、オスカルは腰のサーベルを引き抜き、ふたりに斬りかかっていった。
                                           つづく

      
[PR]動画