チョコレートの贈り物 6話

            
「アンドレ!アンドレじゃない?」
オスカルに頼まれた用事を済ませた帰り道、アンドレは自分を呼び
止める声に振り帰った。
「やあ!ロザリー。久しぶり!元気だったか?」
アンドレは、やっ!という掛け声とともに馬から降りた。

「今日はひとり?オスカルさまは?」
「ああ、そのオスカルのお使いで、連隊本部まで行ってたんだ。あ
いつなら、今頃書類と格闘してると思うな」
「ふふ、剣も銃もお得意なのに、そのオスカルさまの泣き所がデス
クワークだなんて、ちょっと意外」
「だろ?俺も初めて知ったときは驚いたぞ」
「アンドレはオスカルさまとは付き合いが長いのですものね?」
「ああ、ほとんど一緒だったからな・・・・」
「ね?アンドレ、それはそうと・・・」


     


そう言うとロザリーはアンドレの耳に口を寄せた。アンドレはこの
可愛い妹がそういう仕草をするときは、何かあるとピンときた。
「ロザリー、今度は何を企んでいる?人妻になっても相変わらずの
茶目っ気だな」
「まあ、人の話を聞きもしないうちに失礼ね!」
「ベルナールも子供みたいな嫁さんで苦労するな!」
「もう!アンドレったら、ベルナールは私のこと世界で一番って言
 ってくれるんだから!」

ロザリーは両手の拳でアンドレの胸倉を殴る真似をする。そんな彼
女とその夫の関係が羨ましい。と思うアンドレであった。おそらく
自分には一生、縁の無い家庭生活・・・。

「で、ベルナールの世界一の嫁さんは、俺に何の用かな?」
アンドレがおどけながら聞くと、ロザリーは声のトーンを落として
聞いた。
「オスカルさまから、何かもらってない?」
「は?別に・・・なに・・も」
「ほら、これくらいの箱で、良い香りのするもの」
ロザリーは、指先で空(くう)に絵を描いた。

「いや・・・」
アンドレは首を振る。
「ヒント!それはオレンジの香りのもの」
「香水か?オスカルの好みは花の香りだぞ」

ロザリーは少し考え込んでいたが、やがて甘えたように言った。
「今の話は横に置いといて・・・。アンドレお願い!ワインを一緒
 に選んで!」
「今度はワイン?ロザリー。悪いがお前と遊んでる暇は無いんだ。
 今度またオスカルとゆっくり遊びに行かせてもらうから・・・」
「今日じゃないとダメなのよ〜」
「どうして?」
「明日、ヴァレンタイン・ディーだから。ベルナールがチョコをもら
 ってくるの。 ワインでも飲みながら一緒に食べようと思って」
「・・・・・」
「買いに行くのつきあって欲しいの」
「・・・・・」
「すぐそこだから。ね?あ、そうだ!オスカル様が好きそうなのもあ
 るのよ!お酒は何でも飲まれるでしょ?店主がね、『モーザック種
 のおいしいのが入った』って言ってたわ。発砲酒でね、チョコレー
 トにも合うと思うの〜」

「オスカルはチョコなんか食べないぞ」
「あら、でもいつもたくさんもらって来てらしたじゃないの?」
「それは近衛の頃!今は違うの!」


      


アンドレは昔、ヴァレンタインの夜にオスカルとふたり、頂きものの
チョコレートを物色しながら飲んだワインのことを思い出していた。

『愛している』
あの一言が俺たちの間に線を引いたことも思い出していた。
「アンドレ。ベルナールがね、言っていたのよ。もうすぐ身分制度な
 んてものが無くなるかもしれないって・・・・。そんな時代になっ
 たら素晴らしいでしょうね。あなたも、そして・・・・」
『オスカル様も』という言葉をロザリーは飲み込んだ。これは、ふた
りの問題だから自分は踏み込むべきではないと思った。

「さあ、着いた。おじさ〜ん。ワインいいのあるかしら?」
からん、からん。ドア・ベルの涼やかな音とともにふたりは店内に消
えた。

「じゃ、ロザリー俺行くよ。気ィ使ってもらってありがとう!」
「うん。オスカルさまにヨロシク」
アンドレは馬上から何度かロザリーを振り返った。そして、馬の横腹
を勢いよく蹴飛ばすと一目散にオスカルの待つ兵舎へと向かった。
                                     つづく


       
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